2009'04.26.Sun
昨年の夏コミに発行した月L18禁小説本「月と椅子の話」がどうやら完売した模様です〜。読んでくださった皆様、お手にとってくださった皆様、本当にどうもありがとうございましたー!!
(もう少し残ってると思って油断していたのですが、在庫を探したら見つかりませんでした…ははは… 愛の手錠物語でも置きたかったのですが〜… 残念です…)
この本は罠の麻野耳さんとの合同本で、耳っちから椅子の秘密を聞いてそのエロさに燃え上がった私が小説に書かせていただいたものです。耳っちには原案から本文推敲までいろいろとお世話になりましたありがとう!!
エロスって何だろう…というのは私にとっては常にデスノのテーマでして(テーマなんだ)、前ジャンルではエロなんてほとんど書いてなかったのに、私にしては珍しくエロいと褒めていただいたり、スケベ総長からエロ魔の称号を授けていただいたり、初めて自分の本に18禁を銘打ったりして、真正面からエロに取り組んだ思い出深い本なのです。
以下、月と椅子の話に関連する月Lの話です。
(もう少し残ってると思って油断していたのですが、在庫を探したら見つかりませんでした…ははは… 愛の手錠物語でも置きたかったのですが〜… 残念です…)
この本は罠の麻野耳さんとの合同本で、耳っちから椅子の秘密を聞いてそのエロさに燃え上がった私が小説に書かせていただいたものです。耳っちには原案から本文推敲までいろいろとお世話になりましたありがとう!!
エロスって何だろう…というのは私にとっては常にデスノのテーマでして(テーマなんだ)、前ジャンルではエロなんてほとんど書いてなかったのに、私にしては珍しくエロいと褒めていただいたり、スケベ総長からエロ魔の称号を授けていただいたり、初めて自分の本に18禁を銘打ったりして、真正面からエロに取り組んだ思い出深い本なのです。
以下、月と椅子の話に関連する月Lの話です。
このお話は、「捜査本部で月と竜崎が座っていた椅子が月の新しい捜査本部にも置かれている、それは何故か」というところから始まった、原作補完的な意味合いの強い話なのですが、、、
私はもともと原作の隙間を考えるのが大好きなんですが、この椅子については、やはり小畑やんの作為があったとしか思えないです…。
月が竜崎の存在を抹消したいと心底願っていたとしたら、竜崎の気配を感じさせるようなものは極力排除した筈。それをわざわざ、二人で使っていたあの椅子を持ち出した、ということは…
何かあったんですよ。あの椅子に。
恐らく月にとってあの椅子は、勝利の記念品くらいのつもりだったと思うのですよ。表層的には。ただ、深層心理的には、キラじゃない自分として竜崎と一緒に捜査した日々の思い出の寄すがにしたいという気持ちがどこかにあったんじゃないか、という気がしてなりません。
でも、それが虚実だということは月にも本当は分かっている。
月だって本当は、白月時代のように真っ白な気持ちで、Lと共に事件を追いかけたかったに違いないのです。竜崎とならそれが出来ると思った。その輝かしい日々の記憶を忘れることが出来ないまま、キラで有り続けようとした月が、やがて破滅の道を歩むのは無理からぬことだなあ…という気がします。
月と竜崎の関係性って、原作からしてほんとにエロスやな〜と思うのですが、そのエロティシズムのポイントは、求めても得られないものを狂おしく追い続ける、というところにあるのかもしれません。だから月とLは恋愛的には成就しないのかもしれないです。私の場合。笑
宮澤賢治の詩に、ものすご〜く月Lぽいなあ!というかやおいだなあ!と思う大好きな作品があるので、引用しておきます。とても萌える詩なので、興味があったら是非全文を読んでください〜。小岩井農場という長い詩の一部です。
ちいさな自分を劃ることのできない/この不可思議な大きな心象宙宇のなかで/ もしも正しいねがひに燃えて /じぶんとひとと万象といつしょに/ 至上福祉にいたらうとする /それをある宗教情操とするならば/ そのねがひから砕けまたは疲れ/ じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと/ 完全そして永久にどこまでもいつしょに行かうとする /この変態を恋愛といふ/ そしてどこまでもその方向では /決して求め得られないその恋愛の本質的な部分を/ むりにもごまかし求め得やうとする /この傾向を性慾といふ
私はもともと原作の隙間を考えるのが大好きなんですが、この椅子については、やはり小畑やんの作為があったとしか思えないです…。
月が竜崎の存在を抹消したいと心底願っていたとしたら、竜崎の気配を感じさせるようなものは極力排除した筈。それをわざわざ、二人で使っていたあの椅子を持ち出した、ということは…
何かあったんですよ。あの椅子に。
恐らく月にとってあの椅子は、勝利の記念品くらいのつもりだったと思うのですよ。表層的には。ただ、深層心理的には、キラじゃない自分として竜崎と一緒に捜査した日々の思い出の寄すがにしたいという気持ちがどこかにあったんじゃないか、という気がしてなりません。
でも、それが虚実だということは月にも本当は分かっている。
月だって本当は、白月時代のように真っ白な気持ちで、Lと共に事件を追いかけたかったに違いないのです。竜崎とならそれが出来ると思った。その輝かしい日々の記憶を忘れることが出来ないまま、キラで有り続けようとした月が、やがて破滅の道を歩むのは無理からぬことだなあ…という気がします。
月と竜崎の関係性って、原作からしてほんとにエロスやな〜と思うのですが、そのエロティシズムのポイントは、求めても得られないものを狂おしく追い続ける、というところにあるのかもしれません。だから月とLは恋愛的には成就しないのかもしれないです。私の場合。笑
宮澤賢治の詩に、ものすご〜く月Lぽいなあ!というかやおいだなあ!と思う大好きな作品があるので、引用しておきます。とても萌える詩なので、興味があったら是非全文を読んでください〜。小岩井農場という長い詩の一部です。
ちいさな自分を劃ることのできない/この不可思議な大きな心象宙宇のなかで/ もしも正しいねがひに燃えて /じぶんとひとと万象といつしょに/ 至上福祉にいたらうとする /それをある宗教情操とするならば/ そのねがひから砕けまたは疲れ/ じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと/ 完全そして永久にどこまでもいつしょに行かうとする /この変態を恋愛といふ/ そしてどこまでもその方向では /決して求め得られないその恋愛の本質的な部分を/ むりにもごまかし求め得やうとする /この傾向を性慾といふ
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