2007'04.29.Sun
平安死帳絵巻
巻5 名前
松田が恐怖のあまり眼を閉じた瞬間、全身が仄かに輝いたような気がした。
そして、地の底から這い出るような悲鳴。
怖々と目を開いた。
「…何故だ…」
鬼は怜悧な顔に憎悪を剥き出しにし、金色に輝く恐ろしい眼で松田を睨んでいる。
「見えぬ!おまえの名前…わからぬ…何故だ…おのれ、貴様何をした!」
松田はじりじりと後ずさった。丸腰で手足の自由を奪われていては逃げるしかない。
「…まさかその呪、ただの姿隠しではなく…おお…」
錯乱したように鬼は叫び、髪を掻きむしり、巻物を振り回した。
「ならば巻物など遣わずとも、この手で貴様を屠ってくれようぞ」
鬼が一歩、足を踏み出した。
「退がれ、綺羅」
ふわり、と風に舞う白い衣が松田の剥き出しの肩に触れた。
「この男には指一本触れさせぬ」
「竜崎!」
松田は叫んだ。
竜崎は鬼の前に立ち塞がり、手にした銀の匙を煌めかせていた。
その匙から放たれる眩しい光に、今や完全に物の怪の正体を現した鬼が一瞬、怯んだ。
「綺羅。いや、刑部省大判事魅上。神妙にしろ」
「陰陽師、か」
くくく、と鬼は不気味に笑った。
「…成程。その男に妙な呪をかけたのはおまえか」
「魅上。何故、鬼となり人を殺める。かつて刑部省の役人として公明正大に罪人を裁いていたおまえが」
「さればこそよ」
魅上、と呼ばれた鬼は苦しげに顔を歪めた。
「我はこれまで帝の治天の安からんことのみを願い、貴賤の別なく平等に罪の重さを量り、罪人を裁いていた。…だが、帝に対する謀反の疑いで遠流を命じたある貴族が、それを恨みに下賤の者を使い我が母を殺した」
そう言って鬼は母を思い出したか、おおう、おおうと血の涙を流した。
竜崎は眉一筋動かさず重ねて問うた。
「多喜の大臣を殺したのは何故だ」
「彼奴めが我が母を殺した貴族を庇うたからよ」
鬼の眼は金の炎を怒らせた。
「刑部卿という身でありながら、畏れ多くも帝に楯突こうとした謀反人を、証拠がないというただそれだけの理由で釈放した。我は許せぬ。無実の母を殺し、無辜の民を脅かし、安穏と栄華を貪る輩を。我が鬼というなら彼奴らこそ鬼ではないか」
鬼は吠えた。空気がびりびりと震える。
「…母を殺した者に復讐すると誓った私に、神は力を与えたもうた」
鬼はそう言うと、手にした巻物を恍惚とした眼差しで愛撫した。
「我を邪魔する者は皆、殺す。この巻物に名前を書かれた者は、命を失う。陰陽師、おまえの名は先ほどそこな男が教えてくれたわ。まずはおまえからだ。おまえを屠ればあとは赤子の手をひねるより容易い」
「巻物に私の名前を書いても効果はないぞ」
鬼の顔がさっと陰った。
「…偽名か」
松田は驚いて竜崎を見上げた。
鬼は、にやりと笑った。
「ならばその男から始めようぞ。おまえの真の名を知るのは容易ではなさそうだが、そちらの男は先ほど口をきいたお陰で呪が破りやすくなったわ」
松田はひぃっと叫んで竜崎の衣の裾を掴んだ。
「りゅ、竜崎…!」
助けてくださいと眼で訴えかけると、だから喋るなと言ったんですと苦々しく舌打ちして、竜崎は印を結んだ。
「魅上。この男に罪はない。見ればわかるだろうが、この男、女も犯さず人も殺めず盗人でもない。そんな度胸もない。無実の者を殺せばおまえもまた、母御を殺した者たちと同じ地獄へ堕ちることになる」
「構わぬ」
鬼は耳元まで裂けた唇を長い舌でべろり、と舐めた。
「我は地獄に堕ちようとも、神がこの腐った世を正しく治めてくださる。我を邪魔する者は皆、正法の世を創る神に逆らう者。削除あるのみ」
金色の目が爛、と輝いた。
続きます。
***************************
平安デスノ絵巻、続きをUPしました~。
だいぶやっつけ仕事です。台詞長くて読みづらい…
仏教用語を陰陽師ネタで遣っていいものかどうか。
まあいいんだろう…
ちなみに刑部省大判事は裁判官に相当する専門文官の最高位のようです。
照は検事だから判決下したりしないんだけど、ま、いっか!
巻5 名前
松田が恐怖のあまり眼を閉じた瞬間、全身が仄かに輝いたような気がした。
そして、地の底から這い出るような悲鳴。
怖々と目を開いた。
「…何故だ…」
鬼は怜悧な顔に憎悪を剥き出しにし、金色に輝く恐ろしい眼で松田を睨んでいる。
「見えぬ!おまえの名前…わからぬ…何故だ…おのれ、貴様何をした!」
松田はじりじりと後ずさった。丸腰で手足の自由を奪われていては逃げるしかない。
「…まさかその呪、ただの姿隠しではなく…おお…」
錯乱したように鬼は叫び、髪を掻きむしり、巻物を振り回した。
「ならば巻物など遣わずとも、この手で貴様を屠ってくれようぞ」
鬼が一歩、足を踏み出した。
「退がれ、綺羅」
ふわり、と風に舞う白い衣が松田の剥き出しの肩に触れた。
「この男には指一本触れさせぬ」
「竜崎!」
松田は叫んだ。
竜崎は鬼の前に立ち塞がり、手にした銀の匙を煌めかせていた。
その匙から放たれる眩しい光に、今や完全に物の怪の正体を現した鬼が一瞬、怯んだ。
「綺羅。いや、刑部省大判事魅上。神妙にしろ」
「陰陽師、か」
くくく、と鬼は不気味に笑った。
「…成程。その男に妙な呪をかけたのはおまえか」
「魅上。何故、鬼となり人を殺める。かつて刑部省の役人として公明正大に罪人を裁いていたおまえが」
「さればこそよ」
魅上、と呼ばれた鬼は苦しげに顔を歪めた。
「我はこれまで帝の治天の安からんことのみを願い、貴賤の別なく平等に罪の重さを量り、罪人を裁いていた。…だが、帝に対する謀反の疑いで遠流を命じたある貴族が、それを恨みに下賤の者を使い我が母を殺した」
そう言って鬼は母を思い出したか、おおう、おおうと血の涙を流した。
竜崎は眉一筋動かさず重ねて問うた。
「多喜の大臣を殺したのは何故だ」
「彼奴めが我が母を殺した貴族を庇うたからよ」
鬼の眼は金の炎を怒らせた。
「刑部卿という身でありながら、畏れ多くも帝に楯突こうとした謀反人を、証拠がないというただそれだけの理由で釈放した。我は許せぬ。無実の母を殺し、無辜の民を脅かし、安穏と栄華を貪る輩を。我が鬼というなら彼奴らこそ鬼ではないか」
鬼は吠えた。空気がびりびりと震える。
「…母を殺した者に復讐すると誓った私に、神は力を与えたもうた」
鬼はそう言うと、手にした巻物を恍惚とした眼差しで愛撫した。
「我を邪魔する者は皆、殺す。この巻物に名前を書かれた者は、命を失う。陰陽師、おまえの名は先ほどそこな男が教えてくれたわ。まずはおまえからだ。おまえを屠ればあとは赤子の手をひねるより容易い」
「巻物に私の名前を書いても効果はないぞ」
鬼の顔がさっと陰った。
「…偽名か」
松田は驚いて竜崎を見上げた。
鬼は、にやりと笑った。
「ならばその男から始めようぞ。おまえの真の名を知るのは容易ではなさそうだが、そちらの男は先ほど口をきいたお陰で呪が破りやすくなったわ」
松田はひぃっと叫んで竜崎の衣の裾を掴んだ。
「りゅ、竜崎…!」
助けてくださいと眼で訴えかけると、だから喋るなと言ったんですと苦々しく舌打ちして、竜崎は印を結んだ。
「魅上。この男に罪はない。見ればわかるだろうが、この男、女も犯さず人も殺めず盗人でもない。そんな度胸もない。無実の者を殺せばおまえもまた、母御を殺した者たちと同じ地獄へ堕ちることになる」
「構わぬ」
鬼は耳元まで裂けた唇を長い舌でべろり、と舐めた。
「我は地獄に堕ちようとも、神がこの腐った世を正しく治めてくださる。我を邪魔する者は皆、正法の世を創る神に逆らう者。削除あるのみ」
金色の目が爛、と輝いた。
続きます。
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平安デスノ絵巻、続きをUPしました~。
だいぶやっつけ仕事です。台詞長くて読みづらい…
仏教用語を陰陽師ネタで遣っていいものかどうか。
まあいいんだろう…
ちなみに刑部省大判事は裁判官に相当する専門文官の最高位のようです。
照は検事だから判決下したりしないんだけど、ま、いっか!
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